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北川本家・田島杜氏に聞く vol.3 日本酒「富翁」に込められた思い

引き続き、北川本家さんにて杜氏を務められる田島さんのお話をお伺いします。

実際に仕込み作業の様子を見せていただいた後は、より詳しく酒造りについてや、北川本家さんの歴史についてなどを教えていただきました。

360余年の歴史をもつ北川本家とは

創業は江戸時代の初めごろの、明暦3年(1657年)。

伏見で最も古い酒蔵のひとつで、宇治川沿いの観月橋の近くにて「鮒屋」という船宿を営んでいた初代・鮒屋四郎兵衛が、宿泊客に出すためにお酒をつくったのがその始まりとされているそうです。

当時の伏見には83もの酒蔵が存在していましたが、今でも残っているのは北川本家さんを含む2社のみであることからも、長い歴史が感じられます。

乾蔵の正面玄関。昔、米を蒸すのにつかっていた蒸窯が置かれている。

酒銘である「富翁」は、十代目・北川三衛門が明治43年(1910)に、中国の四書五経の中に登場する「富此翁(とみこれおきな)」という表現から「富翁(ふうおう)」と名付けたのがその由来。(戦後あたりから「とみおう」という読みに変化したのだそう)

この「富」というのはお金を指すのではなく『人の心の豊かさ』や『精神性』のことで、「富此翁」には「心の豊かな人は、晩年に幸せになる」という意味があります。

「富翁」には、この言葉のように飲む人の心まで豊かになるようなお酒をつくりたいという北川本家さんの強い思いが込められているのです。

搾りからわずか数日で販売される「新米新酒しぼりたて 無濾過生原酒」

お話の合間に、今年の新酒を飲ませていただいたのですが、その思いの通りまさに心が豊かになる味わいでした。

柑橘系のようなフルーティーな香りが感じられ、いわゆるお酒っぽい匂いはしません。

口当たりはとろりと優しく、丸みを帯びた甘みの後に、ほんのり酸味とお米の旨味がふわりと通り抜けます。

しぼりたてゆえの新鮮な味わいが印象深いうえに、この時期にしか飲めないと思うと、なおいっそうおいしく感じられます。

晩年どころか、飲んだ瞬間から幸せになれる、そんな味わいはまさに「京の美酒」といっても過言ではありません。

酒造りにおける最高責任者「杜氏」とは

これまでも度々登場してきた「杜氏」という言葉。

酒造りに携わる者にとって最高の称号で酒造りを統括する醸造責任者を指し、この杜氏のもとで酒造りに携わる職人さんのことを「蔵人(くらびと)」と呼んでいます。

その昔、杜氏は地方の農村や漁村からの出稼ぎが一般的でした。

丹後(京都)や但馬(兵庫)、南部(岩手)など、全国各地に酒造りのプロ集団が存在していて、北川本家さんでは代々福井県の越前から杜氏を招き酒造りを行っていました。

「昔は住み込みで30人前後の蔵人さんが働いておられました。乾蔵の向かいには当時使われていた寮が、いまだに残っているんですよ」

しかしながら、高齢化による杜氏集団の縮小や後継者難などで、技術の継承の危機に瀕したため、北川本家さんでは早くから杜氏集団だけに任せるのではなく、社員一丸となって酒造りに取り組み、技と知恵を蓄積・継承していくという体制に切り替えられたのだそう。

「たった一瓶をつくるためにたくさんの作業が積み重なっています。地味な作業が多く見えるかもしれませんが、どれかひとつでも欠けると酒はできません。最高責任者とは言いますが、酒造りはひとりでなくみんなでするもの。チーム全員で良いものをつくるという気概でやっています」

おっしゃるように、現場での作業は何ひとつとっても全員で力をあわせなければならないものばかり。

田島さんと、田島さんを支える蔵人の皆さんのチームワークが、絶対になくてはならないものであることを目の当たりにしました。

苦節5年。悲願の金賞受賞まで


1999年に、杜氏に就任された田島さんですが、その道のりは平坦なものではありませんでした。

「就任してからは毎日が試行錯誤の連続でした。たくさん勉強すべきことがありましたし、たくさんの失敗を経験しました。会社にも迷惑をかけたので、なんとかして恩返ししたいという気持ちで日々取り組んでいましたね」

そんな日々の努力が実を結び、田島さんが杜氏となって5年目の2004年に全国新酒鑑評会で念願の金賞を受賞。

1992年以来の受賞であること、また田島さんは北川本家さんの社員として金賞を受賞されたということもあり、皆さん大変喜ばれたのだそう。

廊下にはこれまでの金賞受賞時の賞状が並ぶ。

また、2017年には10回目の金賞を受賞されました。

就任以来、18年間で10回もの受賞はまさに偉業。
北川本家さんとしては通算18回目の受賞だったのですが、半分以上が田島さんによるものというところからもそのすごさがわかりますね……!

麹と酵母という“生き物”と真摯に向き合う酒造りは、毎回同じというわけにはいきません。

その道のりは想像を絶するものだったでしょう。

それでも諦めずに酒造りに向き合い続けた田島さんと、田島さんを支える蔵人の皆さんとの絆を思うと、感動の念を禁じえません。

たくさんの人の思いを込めて大切につくり続けられてきた「富翁」。

その歴史の長さを思うと、これからは背筋を伸ばして心して飲まなければ、という気になりました。


vol.4へつづく。

株式会社北川本家

住所:京都市伏見区村上町370番地の6
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酒と米 おきな屋

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