発酵を手軽に楽しむためのWEBマガジン

ハッピー太郎醸造所を訪ねて《後編》「酒屋万流、麹屋万流」

滋賀県彦根市にて発酵食品の製造・販売などをなさっているハッピー太郎さんへのインタビュー。

後編では、麹についてのご自身の考え方や、発酵の道に入られた経緯、今後の展望などについてお話を聞かせていただきました。

「彦根麹」と「ハッピー麹」

─ メインで製造されている商品は麹だと伺いました。麹室もこちらの工房内にあるんですか?

はい、ここが麹室ですね。

麹屋として独立する中で新しいお客様を獲得していかなければならないというときに、見た目にもこだわった見せられる麹室を作りたい、お見せして価値を感じていただきたいという思いがありました。

また、自分にとっても気持ちの良い場所にしたかったので、カフェの内装なども手掛けていらっしゃる建築家の方に設計・施工をお願いしました。

外壁にはコルクを使っています。炭化しているので、防臭効果もあるんですよ。

─ 杉の美しい光沢とコルクの優しさがマッチしていて、スタイリッシュであたたかみのある素敵な麹室ですね。 麹たちにとっても居心地が良さそうです♪2種類の麹を作ってらっしゃるんですよね?

はい、用途や好みに合わせて選んでいただけるよう、2種類作っています。

1つは、「彦根麹」です。
減農薬米を使っています。汎用性が高くリーズナブルで、使いやすい麹ですね。
甘みが立つので、風味が強すぎない甘酒を作りたい方におすすめです。

もう1つは在来種の自然農法米を使った「ハッピー麹」で、昔ながらの麹の香りと旨みが強い麹です。 京都の菱六さんの種麹を使用しています。

例えば、「子供に飲ませる甘酒を作りたい」という人には、風味の強すぎない彦根麹をおすすめしていますし、 こだわった味噌や塩麹、醤油麹を作りたい人にはハッピー麹をおすすめしています。

ハッピー太郎醸造所で販売されている自家製の商品。右上から反時計まわりに甘酒、塩麴、米麹、鮒鮓飯(いい)

「完熟の麹」

僕が麹づくりで大切にしているのは「完熟の麹」を作るということです。

もともと作っていた酒蔵の麹と麹屋の麹では製造する上での考え方が全然違います。
酒蔵の麹は工芸品として作ります。付着する麹菌の量や温度など重要な要素が設計され、管理されています。

それに対して、麹屋の麹は農産物として作るという考え方で、米に麹菌のかびの根っこをいかに十分に生やして完熟の実がなるまで育てるか、という感覚で作っています。

米1粒1粒の全体にしっかりと麹菌が繁殖して、食べた時に甘みと旨味がしっかり出ている麹って、市場に意外とないんじゃないかなあと思うんですよ。

農産物的な言い方をすると、最終的には時間の経過のみで管理するんじゃなくて、甘みや旨味がしっかりのったところで収穫してあげるんです。そこまでちゃんと待ってあげるんです。

最後は味覚で判断し、味がのったなというところで終了です。そういう意味で「完熟」と表現しています。

味噌のような長期発酵の場合は、弱い麹でもちゃんと味噌になります。
でも、甘酒のような短期発酵の場合はそういう訳にはいきません。甘酒はかなり差が出ますね。

酒蔵の麹って甘みがめちゃくちゃ出るんですよ。
酵母って甘味を食べてアルコールになるので、特に純米酒や普通酒にとってはよく発酵させてアルコールをたくさん取るということが大事なので、力の強い、味ののった麹を作るというのが基本中の基本です。

コレ、僕の麹で作った甘麹なんですけど、食べてみてください。

─ (一口いただいて)ほんとだ!しっかりとした豊かな甘みが広がりますね。

最後の温度管理というのも、例えば42-3度で10数時間経過させます。
勘も大事ですが、きっちり温度管理をすることで酵素をしっかり蓄積させるということをやっています。
それは、酒蔵で修行した者ならではの温度経過だと思います。
前半は、酒蔵と同じ作り方ではダメなんですけどね。

米をあまり磨いていなくて硬いから、菌が繁殖しにくいじゃないですか。
最初に勢いよく繁殖させなければいけない。
でも酒の麹の場合は最初から繁殖させすぎると雑味が出やすいので、ゆっくり繁殖させなければいけない。 そこが違うんです。
いわばハイブリッド※ですね(笑)。 

※ハイブリッド:ふたつの要素を組み合わせて作られたひとつのもの

なぜ発酵の道へ?

─ そもそもなぜ発酵のお仕事を始められたんでしょうか?
京都大学をご卒業されたということですが、大学でも発酵に関係する研究をなさっていたんでしょうか?

大学では、文学部で美学美術史学を専攻していました。
卒業論文のテーマは「信楽焼のタヌキのかわいらしさについて」なので、発酵とは関係ないですね(笑)。

この道に進んだきっかけは日本酒ですね。
大学の交響楽団でトランペットを吹いていたんですが、ある日、トランペットの師匠にそば屋に連れて行ってもらいました。
その時の日本酒の味にとても感動して。まろやかで豊かなコクのあるお酒でした。

その後、名杜氏 農口尚彦さんをTV番組で見て、酒づくりの世界にあこがれ、進みたいと思ったんです。でも、どうやって入るかわかりませんでした。杜氏組合も知らなかったですし。

そこで、自分なりに考えたのが、米作りを学びながら本来の酒づくりをたどってみようということでした。
その頃Iターンを受け入れていた島根県に行き、農業法人に就職。夏は農業や味噌作りを学び、冬は村の地酒を作っている酒蔵にお願いしに行き働かせてもらいました。

─ 酒蔵ではどういったお仕事を?

なぜか、入って1年目から麹づくりを担当させてもらうことになったんです。最初から大吟醸の麹を触らせてもらいました。

そんなこと、昔ではあり得ないんですけどね。何かあってもすぐ対応できるように、ずっと麹室に寝てましたね。
杜氏さんがいつチェックしに来られるかもわからないので、とにかく必死でした。

麹の面(ツラ)、温度、香りなどの変化に気を配っていました。
杜氏さんに麹で一番大切なものは何かを尋ねると、「面(ツラ)と温度」だと。

麹菌が米にどれくらい繁殖するかをコントロールするんですが、顔を見て、次の作業に移るのかもうちょっと待つのか、温度と面が一致していないといけないということを習いました。 温度に関しては、0.5℃でも高いと「高いなあ。。。」ということになります。

在籍していた5年のうち4年は全国の鑑評会で金賞を取っていた蔵でしたから、その杜氏さんがいいと思ってくれる麹を作ることが大変でもあり、やりがいでもありましたね。

─ その後滋賀の蔵元に移られ、10年以上蔵人としてのキャリアを積まれましたが、なぜ2017年に醸造所を立ち上げられたんでしょうか?

自分で何か表現をしたいということが根底にありました。

本当はお酒で独立したかったんですが、今の日本では酒造免許を得るのは難しい。
でも、お酒が持つ力に魅力を感じますし、お酒でものを表現するということがやりたかったので、夢として醸造所という名前をつけました。
色々現実的なことも考え、酒蔵の蔵人としてずっとやっていた麹屋としての力に加え、大学卒業後すぐに行った島根の農業法人での経験を活かせればと思いました。

夏は農業法人で働き味噌加工を学び、冬は酒蔵に勤め、有機農業や地域のコミュニティと触れることで、安心・安全な食品を求められる消費者がおられることを知りました。

さらに、そこで気付いたことは、麹や発酵食品の世界って、酒蔵ほどトレーサビリティ※が発達していないということです。
酒屋は酒米を語る際、田んぼの名前まで書いています。かたや麹はもともと地域の米を麹にしてもらっていたという背景があったので、そこまで産地や生産者にスポットがあたってこなかったのかもしれません。

しかし、最近は、自分の好みの米で麹を作りたいというニーズを耳にするようになり、生産者をフィーチャーした麹づくりが求められているのではないかと考えました。

そしてその頃、丁度2年前に彦根で麹屋さんを廃業される方がいらっしゃり、地元での需要もあるのではないかと思ったことから麹屋を始めました。

※トレーサビリティ:生産から消費まで追跡可能な状態

発酵食品で広がるより多くの方とのつながり

─ 今のお仕事のやりがいはどんなところにありますか?

お酒を作っていた時は、お酒を飲める人だけが自分の商品を使ってくださるお相手でした。
日本酒が飲める人となると、成人していて、ほどほど健康な方のみですね。

でも、この仕事をし始めると、この世の中、日本酒が飲める人のほうが少ないことがわかったんですよね。
持病のある方、闘病中の方、いろんな方がいらっしゃいます。
楽しみとしての食ももちろん大事なことなんですが、身体を作るための食べ物という意味合いも発酵食品にはあります。

そういったものを求めていらっしゃるお客様に数多く出会えて、「私が好きなお米で麹を作っている麹屋さんがあってよかったわ」というようなお言葉をいただくと、うれしいですよね。

また、数多くある麹屋さんの中で、僕の麹を選んでもらえるのも喜びの1つです。

麹は万流です。“酒屋万流”と言いますが、麹こそ万流で、いろんな麹があっていいんですよ。
いろんなところの麹を試した上で、強い甘味が出ることをわかってもらえ、僕の麹「完熟の麹」を選んでいただけるというのはありがたいことです。

─ お客様の裾野がお酒づくりの頃よりも広くなったんですね。醸造所では他社の様々な発酵商品も紹介・販売されていますよね。

菜たね油や番茶、だし粉など、ハッピー太郎さん選りすぐりの食品も販売されています。
詳細はhttps://happytaro.jp/category/items/にて。

そうですね。実は鮒鮓というのは、お酒が飲める人が好きなものでもありますが、最近は腸に良いということで、健康や美容に興味がある方も好きなものです。
両方の方々と接点がある発酵食品なので、お酒に興味がない人にはお酒について紹介できるし、お酒が好きな方にも発酵食品の背景をお伝えできて、両方の方々と新しいこととを繋げているような気がして、それがすごくうれしいんですよね。

自分の内なる声を聴く

─ ご自身のモットーをお聞かせいただけますか?

「自分を大事にする」「自分の内なる声を聴く」ということですね。

僕はずっと西洋音楽をやっていたんで、西洋音楽というのは、「反応してナンボ」と思っていました。
人の音に耳を傾けて、そこに合わせていくとか、察知できなかったら悪目立ちするから、いかに臨機応変に反応していくとかっていう意識を持っていました。

それが元で反応するのがクセになってしまっていて、SNS時代の中で疲れてしまっていたんです。自分が何者であるか、証明しなければならない、といった気持ちで。

それが、ヨガをやることを通じて変ったんです。

自分を大事にして、自分の内なる声を聴く時間を持つようにしました。

池島幸太郎さんFacebookページより

また、「自分の内なる声を聴く」と、頭で食べたいと思っていたものと、身体が欲しがっていたものは異なっていたのもわかりました。例えばパスタは必ず200g食べていたので(笑)。おかげでかなり体重も落ちました。

色々な洋服を着るのが楽しくなりましたし、お客様に近い食生活になり、変ったからこそお客様の気持ちがわかるようになりました。

ちなみに、自分を客観的に見ると、僕はソリスト向きでしたね(笑)。
商品を作るところから販売するところまで、一貫して自分で手掛けられるからこそ、気負いなく自分を表現できていると思います。

近江の発酵文化を発信

─ 最後に、今後の展望をお聞かせいただけますか?

現在、HPを大改修中でして、その中に「近江発酵Map」というものを作ろうと思っています。

“顔の見える発酵食品で、つながりを取り戻そう”ということが私の醸造所のテーマですので、こういったMapを通じても、発酵というキーワードで生産者とお客さんをつなげることができると思います。

滋賀県には琵琶湖があるので、琵琶湖の東と西は行き来するのが大変なんです。
なので、同じ淡水湖をベースにした乳酸発酵文化ではあるものの微妙に違っていて、それがいいんですよね。
だからこそ旅行のしがいがあります。

池島幸太郎さんFacebookページより

色々な食文化が散らばって存在しているので、情報も散らばりがちで、近江の発酵食品を一覧できるサイトやライブラリー的なものがないんです。

そういうことを知りたい、学びたい、買い物したい人にとってはうれしいサービスではないかと思います。
僕は、自分が良いと思ったものを人に紹介したりお話したりするのが大好きなので、楽しんで作っていきたいですね。

長きにわたり、トランペットを演奏し音楽とともに生活してこられたハッピー太郎さん。

音楽評論家 黒田恭一さんの著書「水のように音楽を」の中にある“耳を澄ます”という言葉が心に残っているとおっしゃっていました。

今回ご一緒した数時間の間も、常に周囲の人、周囲の事物(麹菌?)、そして自分の声に耳を傾けつつ、ソリスト幸太郎として、お持ちになっている知識・情報や思いを存分にアウトプットしてくださるお姿がとても印象的でした。

今後も、近江の国とハッピー太郎さん発の進化し続ける発酵文化を味わい、楽しみましょう!

ハッピー太郎醸造所

HP:https://happytaro.jp/
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