発酵を手軽に楽しむためのWEBマガジン

発酵読書ノート②「春情蛸の足」

発酵のオモシロさがぎゅっとつまった一冊をおすすめする「発酵読書ノート」。

前回の「女と味噌汁」に引き続き、第二回目でも小説をご紹介します。
今回は、「春情蛸の足」という短編小説集です。

作者は大阪生まれ大阪育ちの田辺聖子さんで、食を巡る男女のやりとりが描かれる短編小説が8編収められています。

おでん、きつねうどん、すき焼き、お好み焼き、たこ焼き、くじら、てっちり、白味噌……。
食い倒れの街・大阪の食文化が余すことなく表現されているところと、登場人物がもつ食べ物へのこだわりが「わかる!」となり、慣れ親しんだ味が懐かしくなります。

大阪の食文化に触れたことのある方も、そうでない方も、おなかがすくこと間違いなしの一冊。

感想をどうこう聞くよりも、おいしそうで思わずおなかが鳴りそうになる部分を見てもらったほうが、この本の良さがわかるはず!

ということで、おいしそうな部分(特に味噌にまつわる部分)をすこーしだけご紹介します。

おいしいだしのおでんが食べたい「春情蛸の味」

主人公の男性が、久しぶりに再会した幼馴染に紹介されたおでん屋さんでの表現がなんともおいしそう。
情景や味が思い浮かび、なぜだか無性におでんが食べたくなるシーンです。

「大根が薄いべっこう色に煮えて行儀よく重なっている。」
「じゃが芋は、だしに煮含められて琥珀色である。」
「だしはなみなみと、ごぼ天を洗う。」
「厚揚げやこんにゃくのほかに、嬉しいことにはロールキャベツがあるらしい。」
「それから、別に仕切りがあって、豆腐が浮きつ沈みつしている。」

そして、豆腐だけは味噌おでんに。

「豆腐は別の皿にゆるい白味噌を落されて、味噌おでんになって供されるのも嬉しい。」

「白味噌」が落とされているところが関西風ですよね。

白味噌の甘みと出汁の旨味が相まって、なんとも言えない味わいになるおでんを思い出しつつ、おでんの季節はとうに過ぎたというのに、さむーい中あつあつのおでんをはふはふ食べたい気持ちにかられました。

ほかにも「人情すきやき譚」や「お好み焼き無情」、「たこやき多情」など、登場するのはついつい食べたくなるものばかり。

ポタージュより味噌汁。ピクルスより糠漬け。「味噌と同情」

そして、もうひとつご紹介したい「味噌」にまつわるお話。

妻がつくる西洋料理(「えびのグラタンとか帆立貝のソテーとか、サーモンのバターソース」のような「何かというとクリームをかけたり、クリームで和えた」もの)が食べたくないがために、「家庭惣菜風(フツーのオカズ)」が食べられる心身くつろげる店を探して彷徨する中垣が主人公の「味噌と同情」。

「ポタージュなんかより、味噌汁がよくなった。」
「ピクルスなんてものより、糠漬けの胡瓜やなすびが食べたい。旬のものが食べたい。」

と、思う中垣だが妻の邦子は、

「日本料理なんて手の掛るものはやってられない」

といい、取り合ってくれない。その結果、

「小芋、千切りの煮いたん(大阪弁なので「たいたん」)、蕗の煮いたん、それに、筍とわかめの煮いたん・・・・・・」

などが並ぶ「お常」という店に通うようになります。

ほかにも「土筆の油いため」や「独活の酢のもの」など「季節を食べている感じ」になるものや、「なまぶしと焼豆腐のたき合せ」「鴨なすの田楽」「けんちん汁」などなど・・・・・・を「贅沢」と喜ぶ中垣。

西洋料理を中心につくる妻は「味噌」を使わないどころか、そもそも家に置いていないため、味噌料理が恋しくて仕方ない中垣は、「お常」で味噌料理を堪能します。

「お常」がなかったら、「どないなってたやろ」と思うほど。

私は「西洋料理」に中垣ほどの反発心はないですが、昔ながらの「フツーのオカズ」がほっこりして妙に食べたくなる、というのはわかるような気がします。

特に白味噌雑煮を食べるシーンでの中垣の心情の描写は、読んでいる自分が食べていると錯覚するくらいおいしそう!

「味噌のいい匂いがたちこめ、中垣は幸福の予感にしびれる。」

「春先に白味噌雑煮というのは妙だが、雑炊代わりと思えばいい。 ともかくお汁を吸う。 まったりと重厚だが、舌から咽喉へ、吸いこまれやすい味である。 白味噌に、ほんの少し隠し味風に赤味噌が入っているにちがいない。 とろりとろとろとした味噌汁である。」

中垣は、「クリームスープの猥雑さ」や「小麦粉で粘らせたうさんくささ」がないと、季節外れの白味噌雑煮をじっくり味わいます。

決して派手さはないけれど、白味噌のどこかあたたかくやわらかで、でも芯のあるおいしさが心を癒してくれるのかもしれません。

そして、そのおいしさは、味噌が発酵食品だから・・・・・・のような気がしているのですが、どうでしょう。

中垣が味噌に恋い焦がれる気持ち。
はっこまちさんならわかるのではないでしょうか。

※ 当記事を作成中に、田辺聖子さんのご訃報に接しました。 ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。

春情蛸の足

著者:田辺聖子
出版社:講談社文庫(2009/06/12)
仕様:A6判/360ページ
ISBN:978-4062763950
定価:600円(税別)